top of page

地上のメチエ


「メチエ」という謎めいた言葉を初めて聞いたのは専門学校時代まで遡ります。


飲み会の席で二つ上の先輩がとある先生に「お前の作品にはメチエがない」、と言われた場面を今でも鮮明に覚えています。実際の会話でメチエという言葉を聞いたのは、ひょっとしてその一回きりかもしれない。つまり今では誇りを被った言葉である、ということでしょう。その当時、キチンとした意味はわからずとも「メチエがない」、そう言われたらかなりショックであろう、そんな類の言葉であることは理解できたのです。そして私にとっては今でも大事な言葉のひとつです。


アートの方面では「独自の表現やスタイル」という意味合いで使われいるこの言葉を、敢えて「職人の熟練された技術」という、もう一方の意味合いで意識しているアーティストはどれくらいるでしょうか?「技術」という言葉を極端に嫌うアーティストは今も昔も少なくないでしょう。しかし、建築現場に小さいころから親しんできた私は、「技術」の意味から細部をイメージする素地があります。むしろ、そのイメージの中で捉えている景色が自分のメチエなんだろうな、そんな感じがします。


「職人の熟練された技術 」と聞いて虚無や冥界に向かうイメージをする人は少ないでしょう。私にとってメチエが意味するところの「技術」とは、地上とその上に立ちあがるものとの「接点」に向けられた意識なのです


私は「メチエ」という言葉について考えるとき、青空のもと、崖の上に立つ神殿のようなものを思い浮かべます。建造物としての神殿が男性原理で、そこに降りてくる柔らかいもの(直観・感性)が母性原理ではないか、そんな両義的な状態を「メチエ」の意味に見出しているのかもしれません。

閲覧数:15回0件のコメント

最新記事

すべて表示

「影の現象学-近代の影」

当たり前だが何かに集中することで制作は前進していく。 しかし、集中することの背後には集中しないものが蓄積している。 心理学ではこれを「影」と呼ぶ。 河合隼雄さんの「影の現象学」はあらゆる影の創造と対立とが見事に解析された名著だ。 「集中」を「拘り」や「信念」という言葉に置き換えても同様だろう。 拘りや信念の先に正しさがあって、その背後にあるものは正しくないものである。 そう考えて前進してきたのが近

時間感覚

xとinstagramを突然やめて心配してくれてる人がもしいたら申し訳ない。これからは「やっておいたほうがいいこと・やらないといけないこと」を少しづつ手放していきたい。つまり「本当にやりたいこと」に集中したいのだ。 ブログを書き出したのは去年の10月くらいだ。何となくやってみようと思い、デスクでノートPCを広げた時に漂う「時間感覚」がアトリエで過ごす感覚に近くて心地よかったのを覚えている。結局、下

Commenti


bottom of page